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まちが元気になるということ(後篇)


それでは『まちが元気になるということ』後篇です。
視点を変えて、はじめに一般に言われるまちの活性化事例に目を向けてみましょう。



まずは全国的に優等生事例として有名な、滋賀県長浜市の『黒壁』による取り組み。

『黒壁』とは、1988年に『黒壁銀行』保存を目的として民間企業8社と長浜市によって設立された会社です。黒壁は、1989年から、当時ちょうど世界的なトレンドであったガラスをテーマにして、ガラス館やら工房などをメインにしたまちづくりを開始しました。



具体的には、黒壁が周辺の空き家や空き店舗の土地を買い取りまたは借り上げて、黒壁のイメージで統一的なデザインで魅力的な商店街に再生させたのです。
ここでキーになるのは、権利者との根気強い交渉力とそれを可能にする組織力と資金耐力をもつまちづくり会社の存在です。
この活動を皮切りに、長浜の市街地の約70件の空家・店舗が埋まったそうで、いまでは年間約230万人が訪れる観光地となっています。



では次に、これまた有名な香川県高松市の丸亀商店街のケースをみてみましょう。こちらは、『不動産の所有と使用の分離』で有名です。どういうことか?
経済産業省によると『不動産の有効活用の促進のため、不動産の流動性を高める手法である』??ますます分かりにくいですね。



要は、土地やそこに建つ建物に対して、『定期借地権』や『定期借家権』を利用して、土地・建物の利用権を実質的な所有権の帰属を変えずに、低利用の所有者から、利用率の高い所有者に移転させることなのです。



一般に再開発という手法は、建築敷地を容積率いっぱいに高度利用して、業務床のテナント料金にて事業費を回収するものですが、丸亀の事例では、借り手の金額負担を軽減して借りやすくしたのです。(専門的な話は出来る限り避けます)借り手の事業負担分が軽くなるということは、どこかがリスクを負うことになりますが、丸亀の場合は地権者がそのリスクを負うことで、テナントの流動性を確保したのです。



まあ、それ以外にも、計画に携わった都市計画家の西郷真理子さんによると、住居と商業の建物用途を程良くミックスしたり、アーケードと建物高さのバランスを考慮して建物を高くなりすぎないに配慮したりなど、様々な工夫を凝らしたようです。
これにより現在の丸亀商店街の通行量は、事業前の1.5倍、売り上げは3倍に伸びたそうです。



ただし私見ですが、この二つの事例で注意すべきと思うことがあります。

まず一つ目は、黒壁の事業により観光客は増えたものの、地元住民にとって必ずしも楽しいまちにはなっていないこと、そして、今後は地元の人々が楽しめる空間づくりも考慮していかなければならないという課題が残ったことです。つまり、『観光客が楽しいまち≠地元の人にとって楽しいまち』ということです。


二つ目は、丸亀の再開発に関わった西郷さんは、丸亀のまちににぎわいをとりもどすポイントとして、計画地の中心にシンボル的なものをつくることをあげています。しかし、それによってはたして本当に賑わいが戻るのかという点については、私は甚だ疑問です。

そして、いずれの事例もハード整備ありきな側面が非常に強いことです。これからのまちづくりにおいては、ソフトも加味した事業バランスはとても重要だと思うのです。




以上を総括しつつも、ここで一旦、私が思う元気で魅力的な街を具体的にイメージしてみます。



まずは、子供のころに親に連れて行ってもらった会津若松市内の神明通り商店街のイメージです。当時、神明通り商店街にはデパートが3店ほどあり、アーケードの先を見通せないほどの人出で活気にあふれていました。子供ながら、そこに行けば何かが起きるワクワク感というのでしょうか、そんな気持ちを抱いて親に連れて行ってもらっていたことを今でも鮮明に覚えています。


また、最近まち歩きした中では、吉祥寺や根津はとても興味深いまちですね。


これらに共通するものは『人が集まる』その結果として『人のコミュニケーションが生まれる』そこにつきるのではないでしょうか。人が集まれば、自然と挨拶や会話、売買や飲食を通じたコミュニケーションも起きますしね。
まちが元気になるということは、意外とそんなところなのかな、と最近は思っています。
つまり、活性化指標などという仰々しい何か定量化できるものではなく、単純に人の往来やコミュニケーションが発生する≒まちが元気になるということではないでしょうか?
そう考えると、前段で話しましたように、まちに関わる関係者の利害関係は単純化できませんから、まずは商店街全体の目的を『人がいっぱい集まるようにする』と単純化することで、何か方策は見つけられるのではないでしょうか?



目先の利益や人口増加に目を奪われるから話が複雑になるのであって、『人の往来が少ない』状況に対して『人がいっぱい集まるようにする』という目的を設定することで、そのための方法を関係者みなで考え、自分達が出来る範囲でそれを実施していけば光が見えるのではと思います。


これまでの話は、あくまで既存の中心市街地を活性化するという仮定に対しての私見です。


ただ、冒頭でお話しした、中市街地がもはや地域の中心足り得ていない、という難題への改善策にはなっていませんので、それについてはまた別の機会にお話ししたいと思います。
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by cobolabo | 2012-03-30 22:01 | つれづれ

長谷川豪展 スタディとリアル

こんにちは。

先日ようやく、かねてから訪問したかった『長谷川豪展 スタディとリアル』にいって参りました。@ギャラリー間


今回の展示には、実際に石巻に移築予定の鐘楼もあるとのこと、また、同年代の建築家の思考を垣間見ることのできる機会ということで非常に楽しみにしておりました。





石巻の鐘楼は、現地の幼稚園関係者と数多くの打ち合わせを重ねて設計したそうです。
また、敷地が都心のビルの屋上と石巻の幼稚園園庭二つを想定して計画し、部材についても、ビル内に運搬できるものという視点から考えたそうです。





会場は、大きく分けて模型の展示と鐘楼の2部構成でした。






こちらが鐘楼。

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この鐘楼は、60mmの構造用集成材をエポキシ樹脂にて接着させたものです。





べニアでの不陸調整とコーナー部分の納まり。


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展示会場の内部にはこれまでの作品の模型がズラリ。

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イマジネーションを掻き立てる模型は魅力的ですね♪



とても良い気分転換になりました。
それではまた。
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by cobolabo | 2012-03-27 11:37 | 建築・デザイン

NPO法人ETIC.地域イノベーター養成アカデミー同窓会


こんにちは。





昨日は、最近やたらとお世話になっているETICさんの地域イノベーター養成アカデミー2010-2011メンバーの合同同窓会がありました。
http://www.etic.or.jp/(←コチラ参照)



会場は、前年度のメンバーの春野夫妻が経営する高田馬場のfast-slow-food HARUさんを貸し切って開催!!
http://www.fsf-haru.com/(HARUさんのサイト参照)
お店の内装も素敵ですし食べ物が上手い!
なかでもベーグルは絶品でしたね~。(写真がない。残念)






当日は、今年度メンバー3人で一緒にプログラムの計画~景品買い出し、そしてちょっとだけ場を回す役割もいただきました!
なかでも全国津々浦々のご当地クイズはかなり盛り上がりましたね!
参加メンバーは出身地も違いますし、イノベーターとして関わった地域も違います。







クイズの形式も自由にした結果、紙ベースのものから寸劇形式のものまで、クイズのイノベーションが起こりました。
そしてその後はお酒を飲みながらの歓談。結局終電近くまで。。






HARUさんは都内での生活から一転、近々長野県上田市に引っ越すそうです。
新天地でも頑張ってもらいたいものです!!お世話になりました!!
(写真ゼロ。涙)
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by cobolabo | 2012-03-25 19:11 | ワークショップ

まちが元気になるということ(前篇)

こんにちは。


今日は、『まちが元気になるということ。』について考えてみたいと思います。
長丁場になるのでまずは前篇。



最近、中心市街地の活性化や、まちおこしという言葉が流行語のように巷に溢れているように思います。実際、高知の四万十地域や鹿児島の市街地などは、個性の強いリーダーや有能なクリエイターによって、かなり魅力的なまちおこしがなされていると耳にします。



しかし、実際に市街地を活性化するといっても、その対象となる市街地は地域の『中心』では無かったり、それこそシャッター街のイメージをもたれることの方が多いというのが日本の各地で起こっている現実ではないでしょうか?





上手くまちが活性化しているのは、本当に数多くのまちのうちのほんの一握りでしかありませんし、ややもすれば、一時の盛り上がりに過ぎないかもしれません。





先にあげた、かつての中心市街地がもはや中心の体を成さない現象は、わたしの故郷の会津若松市においても同様に起こっています。





今から十数年前から、市街地を円環状に取り巻く幹線道路の開発とそれに併せた大型スーパーやチェーン店、ショッピングモールが乱立し始め、結果、市街地の顧客の足もそちらに奪われ、もはや昔ながらの目抜き通りが、まちの『中心』の体を成さなくなってしまったのです。





かつての中心市街地には空き店舗が目立ち、駐車場が次々に作られることになります。
恐らく日本中のかつての中心市街地に駐車場が設置されることについて誤解を恐れずに言えば、地元商店会などがモータリゼーションによるスプロール現象に対抗するために、市街地にも駐車場を作れば客足が戻るだろうと考えた短絡的なアイデアなのでしょう。





しかしそもそも、かつての中心市街地の店舗には、ロードサイドのチェーン店に勝てる商品も資金耐力も知恵も残されてはいないのです。魅力的なコンテンツのない場所に駐車場をつくっても、客足が戻るはずがありません。






日本中のどこにでも見られる中心市街地活性化のための駐車場作戦は、ものの見事に数年で極めて利用率の低い空き地に変貌するという哀しい結末を見ることになるのです。






これにより、まちの風景がますます醜悪化するという、負のスパイラルが発生するのです。







さて話を戻して、ここで言う体を成さないというのは、商業的な売上げ、人の通行量、地価など、総合的に見てまちの中心ではなくなったということを意味します。





もちろん、この事態を引き起こした原因は、モータリゼーションの絶大な影響や、国によるまちづくり政策およびそのミスリードによるのは言うまでもありません。







そういった状況の中で、中心市街地活性化というここ十数年の流行り言葉を耳にしても、どこかしっくりこないのは私だけでしょうか?





かつての中心市街地はもはやまちの中心ではないのに、そこに昭和の高度成長期の市街地にノスタルジーを重ね合わせているだけではないのか?幻想を抱いているだけではないのか?





まあ、事例の中では実際に地域おこしに成功して、シャッター商店街を再生して魅力的なまちづくりを行っているところは多々あります。





しかし、そもそもみなさんは、まちが活性化する、元気になるというのは、どういった状態をイメージしているのでしょうか?





私が知る限り、活性化に対する客観的な指標というものは存在しませんし、そもそもそう簡単に尺度を用いて図ることのできる事象ではないのです。






なのに『中心市街地活性化』という言葉だけが独り歩きしているこの異様な状況。






まちに関わる主体として考えられるのは、まず第一にその地域の住民、それから行政、商店街、各種生産者、NPO、学校施設、自治会や町内会、外部からの買い物客など、数え上げればきりがありませんし、個人から組織まで膨大な数に上ります。また、何をもってまちが元気になるのか、という定義についても、その主体により考え方も指標も違うでしょう。







例えば、行政ならば人口が増え、税収が増えることでしょうし、商店街ならば自身の店舗の売り上げが上がることなどでしょう。つまり、まちが元気になる、活性化するとひとくくりに言っても、各主体のイメージやゴールは異なるのです。





では一体、まちが元気になる、活性化するとはどういう状態を示すのか?





続きは後篇にてもう少し掘り下げて考えてみたいと思います。
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by cobolabo | 2012-03-23 23:39 | つれづれ

起き上がり小法師

こんにちは。

先日、実家から取り寄せてもらいました。

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会津っ子のおもちゃ、『起き上がり小法師』です。


これまで、漠然とは自分の故郷の民芸品くらいにしか考えていませんでしたが、よくよく考えてみると、起き上がり小法師が作られるに至った経緯やストーリーを知らないなと。



だもんで、少し調べてみました。




【起き上がり小法師の歴史】

約400年前、会津藩主・蒲生氏郷が無役の下級武士の内職として作らせ、売り出したのが始まりとされています。正月の縁起物である起き上がり小法師は、一年間神棚に飾った後、お札と同じように年末にお炊き上げをし、新年に新しいものを購入します。毎年の需要を生み出すこの風習により、蒲生氏郷は収入のなかった下級武士に生活の糧を与えました。



 世が変わり、冬場の手仕事として職人達に受け継がれてきた起き上がり小法師は、今では会津を代表する民芸品としてお土産にも喜ばれています。(福島県観光物産交流協会より)




なるほど~、農業以外になかなか産業の育たない会津地域において、何とか武士の食いぶちを稼ぐ手段として生まれた知恵だったのですね~。




深いですね~。会津の漆塗りも、確か同じような経緯だったと思います。






こういった、地域で仕事づくりをして、そこで経済を循環させる当時の知恵。
この考え方は現代にも充分に受け継がれる、とても大切な考え方かと思います!!






で最後は、先日、新橋の会津居酒屋『身知らず』という店にお邪魔してきたのですが、そこで偶然にも会津若松市役所の商工課の方と遭遇。




素敵なワッペンを付けていたので、無理ぐりお願して会津から送ってもらいました~
素敵なお土産です~


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週末に、全国各地の活性化をしかけるメンバーと集まるので、会津を猛アピールしてきたいと思います!!





会津若松市役所商工課の皆さま、ありがとうございました~~!!!
またゆっくり話すっぺな~!!!
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by cobolabo | 2012-03-22 09:15 | 震災復興

皿海佐多子Bag展

こんにちは。

先日、私がアトリエ事務所に在籍していた当時、はじめて住宅の設計の担当をさせていただいたクライアントさんの奥様の展示会にお邪魔しました。


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※この場をお借りして、無断転写ご了承下さい。


このクライアントさんは、旦那さん(石川聡さん)がグラフィックデザイナーで、奥様(皿海佐多子さん)がバッグのデザイナーという、ご夫婦ともにクリエイターをなさっていらっしゃる方です。ちなみにHPはコチラ↓

ご夫婦のユニット『IS-HOUSE』さんです。
http://is-house.net/



皿海さんの展示にご招待いただいた時には、出来る限り顔を出すようにしています。



何度か展示を拝見させていただく中で、Bagのデザインの変遷が私はとても興味があるのです。






それは、形態、素材感、縫製やその他のディテールまでというように。
私はBagの分野には精通しておりませんが、直観的なデザインと、機能的なディテールのバランス感覚がとても良いのです。(生意気にもスミマセン。)




当時の事務所メンバー何人かと一緒に展示を拝見した後には、近くの素敵なイタリアンレストランにて石川さんご家族と我々とで美味しい食事を囲みながらしばし歓談。




石川さんご家族の近況から、当時の事務所メンバーの直近の話まで、各々が色々と活動をしていて、
とても良い時間を過ごすことができました。



石川さん、今後とも宜しくお願い致します。





こちらは竣工後にいただいたトートBagです。今でも愛用させていただいており、持ち手の革の素材の経年変化がたまらなく好きなのです。(私は無類の革フェチです。苦笑)

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by cobolabo | 2012-03-14 10:59 | 建築・デザイン

料理

今日はランチにパスタを作りました。

実は、料理は意外に得意なんですね~♪
とりわけパスタにはうるさいです。今回作ったのはツナとトマト&オニオンパスタ。

うんちくをたれると長くなるので写真をご覧あれ☆

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そこいらのイタリアンレストランには全く負ける気がしません。

ではまた~!!
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by cobolabo | 2012-03-10 18:17 | グルメ

ラーメンは私にとって飲み物です♪

こんにちは。

先日、池袋駅近くのラーメン屋『屯ちん』に行って参りました。


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たまに無性に食べたくなる味です。ここやっぱり安定感あって美味いです☆

☆4つです!(5段階評価)
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by cobolabo | 2012-03-08 08:46 | グルメ

まちづくりワークショップ報告(続編)

こんにちは。

アースカラーさんとのまちづくりワークショップ報告の続きですね。
テーマは『コミュニティ』について。


前段は以前の記事を読んでいただくこととして、まずは、最近とても興味・関心のある方が多い
『コミュニティ』について、おおまかに整理してみたいとおもいます。
引用は主に最近読んだ書籍、『地域社会圏主義:山本理顕氏』と『地域を変えるデザイン:山崎亮氏』より。いずれもかなり良書です♪



コミュニティとは:
もともとラテン語の『コミュニース』という言葉である。この言葉の前半『コム』は『一緒に』とか『共同して』の意味。『ミュニース』は『貢献』や『任務』の意味。つまり、コミュニティというのは『共同して何かに貢献すること』や『一緒に任務を遂行すること』という意味を含んでいるのです。
(コミュニティデザイナー:山崎亮氏)



コミュニティ、つまり共という概念を意味するコモンの語源は入会地。入会地はよそ者を排除する場所。
(入会地:村や部落などの村落共同体で総有した土地)
(社会学者:上野千鶴子氏)



前述の山崎氏は、著作の中でコミュニティを大きく2つに分類します。
ひとつは同じ地域に住むからこそ共同して活動する『地域コミュニティ』、これは町内会や子供会のイメージです。



そしてもうひとつは住んでいる場所はバラバラだけど興味の対象が同じなので集まって活動する『テーマコミュニティ』こちらは鉄道ファンやネット上でのコミュニティのイメージです。




山崎氏は、これらが主体的に活動することで、今後社会的課題解決の担い手として期待を寄せます。



一方の上野氏は、加入・脱会の自由、それと選択性が必要であるとし、むしろコミュニティやコモンといったものには非常に懐疑的です。



山本さんの『地域社会圏主義』では、近代の都市計画における地域単位『近隣住区』が行き詰まりを見せる中で、建築をベースとした新たな圏域を仮説的に組み立てています。こちらは非常に興味深い内容で、山本さんのこれまでの思想の集大成ともいえるのではないでしょうか。

山本さんは、大学の建築学科でも指導教官としてお世話になりましたが、若手の頃から一貫して建築と社会とのつながりという部分に問題提起をなさってこられている方です。





山本さんの著書の中では、その他数々のキーワードがちりばめられています。例えば、




『ばらけた個人がつながる必然性をどのようにデザインするか?』




『お互いに自立しながら、もう一度共同性を再建できるような、ドライでもありウエットでもあるような、助け合いであるようなフェアな取引であるような、新しい創造性を持った空間の感じが出てくると良い』



『その時々に応じて人とのつながりを選択できるという、所属のフレキシビリティをどう考えるか』




これらは非常に示唆に富み、今後のコミュニティといったものを考える上で重要な内容であると思います。そして、以前より私が考えるコミュニティに関することとほぼ一致しています。



そして著書の最後に、山本さんからの締めのコメントが、
『コミュニティは過去にあってすでに失われてしまったものでもないし、私たちの自由を拘束するものでもないと思います。私たちの責任で作り上げるものだと思います。だからこそ私たちが実感できる具体的で現実的な場所の特性とともにあるということが極めて重要なのだと思いますね。』



以上の引用を踏まえ再考しますと、日本の高度成長過程のなかで、農村型のコミュニティから都市型のコミュニティに移行するに当り、個人が地域で帰属する先はなかなか成立しにくくなっています。(詳細は以前の記事より)
また一方では、ネット空間に基づくある種の選択性を有する、個人にとって使い勝手の良いコミュニティが、若者を中心に重宝される傾向があります。(最近のfacebookは顕著な事例)



つまりは、現代の社会において、人は昔ながらの村社会的なコミュニティは求めていないものの、やはりどこかで人とは緩やかに繋がっていたいという願望はある、というのが今の私の個人的な意見です。また、そこではコミュニティへの着脱の容易さ、手軽さの様な感覚も同時に求められるのだろうということです。


そこで私が仮説として考えているのが、前述の『所属のフレキシビリティ』に通じる、繋がり・集まりの必然性を持ち、かつ選択・着脱の容易性を併せもつ『convenient community』という概念です。



この考えについては、練馬区での活動を通して、具体に検証していければと考えていますので、また追い追い活動報告と合わせてお知らせしていきたいと思います。
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by cobolabo | 2012-03-05 12:12 | ワークショップ

カレーは私にとって飲み物です♪

こんにちは。

先日江古田による用事があったので、無類のカレー好きな私は、江古田のカレー店を開拓すべく、
熱い思いを胸に上陸しました。

色々と店を調べるうちに、なんとも『スワガット』なる店が有名らしく、iphoneにて店を探索。
・・・しかし、探せど探せど店は見つからず。

・・・結果、六本木に移転したらしいことが判明。(何度付近を周回したことか。。涙)

とはいっても、胃袋がカレーを欲していたこともあり、代替の『カリカ』という店を見つけて入りました。

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結論:2☆☆です。(5段階自己評価) スパイス感も弱く、味に深みも足りない。残念無念。

また新たなカレー郷を求めて、旅を続けます♪
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by cobolabo | 2012-03-02 11:47 | グルメ