カテゴリ:つれづれ( 38 )

帰省♪


みなさんこんにちは。

先日まで、故郷の会津若松に帰っていました。
会津も東京と変わらずとても暑い日々でしたが、朝晩はすごしやすい気候で、はやくも秋の気配が漂っていました。

今回は、かねてから行きたいと思っていた、喜多方の長床へ♪

e0241511_20283927.jpg


こちらは、平安末期から鎌倉初期に建立されたと言われる国の重要文化財だそうです。
直径45cmの44本の円柱が5列に等間隔に並ぶ構成になっています。

e0241511_20342353.jpg


また、空間には壁や建具は一切なく、荘厳な雰囲気と、周囲と隔絶された空気感が漂います♪

e0241511_20351656.jpg

e0241511_20364829.jpg


また、長床の傍らには樹齢800年の大イチョウがそびえたちます。
支柱などの支えもなく、この空に伸びる様が圧巻です。

束の間でしたが、充実した夏の休暇を満喫したひと時でした。


追記:ここからは会津・喜多方地域のラーメンです。(しっかりと食べ歩いて参りました。笑)

e0241511_2039443.jpg

まずはこちら、会津若松市:きむらや

e0241511_20392811.jpg

こちらは会津下郷:星六

e0241511_2040315.jpg

最後は喜多方:あべ食堂

どれも純粋な醤油ベースのラーメンでしたが、各店ごとに微妙な差があり、とても奥が深いのです。
たかがラーメン、されどラーメン♪
[PR]

by cobolabo | 2012-08-18 20:41 | つれづれ

念願


こんにちは。
段々とセミの鳴き声が聞こえてきて、真夏の足音がもうすぐそこまで来ていますね。

さて、今日は『念願』ということでこちらです!!


e0241511_1111282.jpg



そうなんです。陶芸です。



これは、今年の5月に伊豆に旅行に行ったときに、現地の陶芸体験で作ったものです。
我ながら素晴らしい出来栄え♪(現地でも腕が良いと誉められました。笑)

作っている時間はすごく集中でき、陶芸の作業自体も本当に楽しいのです。


e0241511_11122182.jpg



こちらのアングルもいいですね~。

また表面の焼き目が何ともいえず、たまらないです。。
妻の作品もありますが、まあ、それは今回はお見せしなくていいでしょう。笑


次はこれまた念願のそば打ちをどこで実現するかですね~♪
[PR]

by cobolabo | 2012-07-24 11:15 | つれづれ

最近思うこと

こんにちは。

先日、福井県の大飯原発の再稼働が概ね決定されました。
この議論については、政府の首相含めた4閣僚主導のもと、非常に閉鎖的な状態で進められてきました。私はこの結果について、残念というよりも判然としない思いがとても強いのです。


この再稼働問題については、『原発の安全性が担保できないならば再稼働反対』という主張と、『関西地域の夏の電力需給に問題が生じる、ついては、国の経済活動に甚大な被害が生じるため、再稼働賛成』という主張との対立構図のもと、永く短い議論の結果、再稼働という結論がなされたのです。


そもそも、国や地方の経済成長と国民の生命とを天秤にかけ、尊さを争うことができるものなのでしょうか?
この議論については、よく卵が先か、鶏が先かという、経済と安全性とを戦わせる意見もみられますが、答えは誰の目にも明らかです。
『安全性、国民の命がより尊い』ということです。


では、そんなに危険な原発はすぐにでも全てを廃炉として、未来の素晴らしいクリーンエネルギーを導入すれば良いのか?

そんなことはできるはずもありませんし、現実的ではありません。
ただ、仮に福島レベルの事態が他地域で発生した場合、原発立地の県に留まらない周辺広域が、その先数十年に渡って生活できる土地ではなくなることは起こり得ますし、最悪の場合、国の機能が完全に麻痺する恐れさえもあるというのが、我々が福島の事故から得た原発の怖さでもあり教訓でもあるのです。


それならばいま、国として大事な思考というのは、福島の事故(あえて人災と想定して)を教訓として、

経済活動、地方の雇用問題、諸外国との関係性等、様々な条件を加味して、やみくもに原発を廃止できない

状況に対して、

どうすれば将来的に安全性を確保したエネルギー供給を段階的に進めていくことができるか?そのために、経済的ロスを最小限にしながら進める手法は何か?


ということを、全市民的に知恵出しをしてオープンに議論をしていくことではないでしょうか。


よく、国の政治の特徴を語る際に、中国やロシアは、昔から政治とその取り巻きとの癒着の色が強いと言われます。私は、この特徴は日本も勝るとも劣らないと考えています。一方で、その島国的ムラ社会のなかで、戦後の急激な経済成長を遂げてきたのも事実ですし、それが日本社会の強みでもあったわけではあります。


ただ、もうこの構図で国が成長できる段階ではありません。
この構図に配慮し、限られたメンバーで閉鎖的に議論を進めて、50年先の国の将来を拙速に決めてしまうのは、まさしく『泥縄的』な進め方です。もし、できないのならば、少なくとも現状で国民の信を問い、信頼を受けた政府、政治家が進めるべきことです。
(こう言いながらも、これほど空しい意見はないのですが。)


私は現在、この国の政治やそれを報じるメディアに、とても判然としない気持ちを持っています。
そして、この国民として当たり前な主張をする私は、決して原理主義者ではありません。
[PR]

by cobolabo | 2012-06-20 09:57 | つれづれ

まちとの関わり方


こんにちは。

東京も少しずつ梅雨の気候を感じ始める今日この頃ですね。

さて、今日はまちとの関わり方について考えてみたいです。
私個人は、これまでいくつかの地域活動に参加させていただくなかで、大きく気付いたことが
あります。

それは、『地域で活動するということは、多様な関係者との関係性無しには語ることはできない
ということです。
一見あたりまえに思えることですが、なかなか実現できていないことが多いです。


それでは、地域には具体的にどういった主体がいるのか、ダイアグラムで示しますと、

e0241511_1323346.jpg



こういうことですね。
つまり、行政、住民をはじめとして、商店街やJAなどの組織、また、最近ではNPOなど、多くの個人、組織が主体として考えられます。

これら多様な主体の関係性は、このダイアグラムが示すような、行政を中心に各主体がバランス良い力関係で協働することが本来望ましいですし、これまでの日本社会では、この関係で上手く地域づくりを進めてくることが出来たという『幻想』に浸ってきました。


しかしながら、私個人がこれまでいくつかの地域で活動させていただく中で感じたものは以下のような関係性です。

e0241511_1382956.jpg




つまり、地域でのパワーバランスは必ずしも均一ではなく、関係性に歪みが生じています。


戦後の復興から高度成長期を経るに従ってつくられたこの関係性の歪みを強制して整理することは容易ではありませんが、ここを直さなければ健全なまちの将来を望めないのも事実です。


地域活動をするに当って、ある主体が、単なる自己実現やパフォーマンスのために振舞うことはもってのほかです。


自分の中で望ましいと思える地域の将来を描きながらも、地域の各主体の方とやりとりをし、現場の声に耳を傾け、決して上目線ではなく横目線で地域に寄り添い、地域や現場が本当に何を求めているのか?何を望ましいと思っているのか?
そして、そのために障害となっていることは何なのか?

この意識をもって地域と付き合っていくのが良いのではないでしょうか。
[PR]

by cobolabo | 2012-06-06 13:21 | つれづれ

『地域』を再定義してみるということ(後篇)

さて、『地域』について再定義してみるということ、後篇です。


全回の話で、近代的都市計画手法(堅い言い回しですが、要はこれまでの従来型まちづくりです。)では、もはやハード・ソフト両面で限界が来ているというところからです。

繰り返しになりますが、これは全国で起こっている中心市街地とスプロール現象の関係、再開発計画の失敗、郊外のゴーストタウン化、買い物弱者問題等、事例を上げれば枚挙に暇がありません。


そこで、どうすればよいのか。


【前提条件(私見)】
この先概ね10年後には65歳以上の人口比率が25%を超えるという、高齢化社会がいよいよ実現します。

となると、システムの中心を社会的弱者の高齢者に比重を置かざるを得ないでしょう。
高齢者にとって住みやすいまち、しくみがそれ以外の世代の人間にとって住みにくいということはないと考えるからです。


ですので、

①これまでの区、市の範囲内に、半径500m~1000m程度の『地域』範囲を設ける。
概ね高齢者の徒歩を前提とした、活動範囲の限界をもとに設定しています。

②この範囲内で、自治(町会レベルで良い)、福祉、商業、子育て、教育、アメニティ、防災等をテーマにしてサービスを設ける。
※ここで重要なのは、ハード施設は極力既存の立地・物を前提とするということ。

③②であげたサービスを設けるということは、必ずしも『地域』範囲で完結させる必要はない。
地域内で完結できていないという現実を認識することが重要。
⇒つまり、足りないサービスは隣接する『地域』もしくは市や区全体で補填する考え方。


これら各『地域』がサテライトとして連鎖して、演繹的に全体として市や区というこれまでの行政範囲を形成するイメージです。

ただ、このイメージを実現するには既存の行政のみでは確実に手が足りませんので、NPOや任意団体が担い手となるでしょう


まだまだ荒削りなイメージですが、世界でも先駆け的な日本の高齢化社会をイメージするに当っては、このくらいドラスティックな計画見直しをしない限り、新たなしくみを作ることはなかなか難しいでしょう。

繰り返し強調しますが、新たにハード整備をするのではなく、中心はソフト、仕組みのデザインということです。 

これまでの様なハードとしての中心市街地はなくなります。(こちらも繰り返しになりますが、すでに既存の中心市街地はまちの中心ではないという前提です。)

私は地域活性化やまちづくりに関わる際は、この視点をもって望みたいですね。
それではまた!
[PR]

by cobolabo | 2012-05-31 11:06 | つれづれ

『地域』を再定義してみるということ(前篇)

こんにちは。

東京のまちも桜が散り、いよいよ新緑が芽生えてきました。新たな生命の息吹を感じる今日この頃です。


さて、先日、まちが元気になるということ、というテーマで、既存の中心市街地を活性化させるということについてつらつらと書かせていただきましたが、今回は、『そもそも既存の中心市街地がまちの中心足り得ていない』ということへの踏み込んだ話をしたいと思います。


ここで改めて、私が言う『既存の~足り得ていない』ということを再確認してみたいと思います。


まずはじめに、小売業の事業数の推移について。中小企業総合研究機構が発表している『商店街活性化のためのマネジメントに関する調査研究報告書』によりますと、昭和57年の172万1千店をピークに、この25年ほどでその約34%がなくなっているということです。各地の中心市街地に特化した推移ではありませんが、全体として大きな減少傾向にあるということは確認できます。また、各地の商店街がシャッター街化していることは、ここで再度申し上げる必要もないでしょう。


次に、歩行者交通量について山梨県甲府市の中心市街地歩行者交通量調査を例に見てみると、平成4年度の日曜日歩行者合計数12万人に対して、平成19年では6万人弱にまで落ち込んでいます。あくまでひとつのまちの事例ではありますが、概ねこの傾向は全国の商店街に言えることではないでしょうか。


さらには、日本の高度成長と社会のモータリゼーション化、それに伴う居住機能・都市機能移転(病院・行政・教育機関等)といった郊外化の位置づけについては、もはや事例を出すまでもなく、中心市街地から元気がなくなった原因のいくつかであることは、すでに社会の共通認識になっています。


一方、戦後日本では都市を創造する際、既存のまちをベースにせずに、新たに再開発や宅地整備を行い、各地にニュータウンや大規模団地をつくってきました。
これらの構造は、上下水道や道路、電気配線等生活インフラを新規に整備して、街区の中心にタウンセンターや商店街を形成し、周辺に居住機能や教育機関、公園等を配置するというものです。その規模たるや十数haに及び、いち事業がひとつのまちづくりと同様なのです。

そして、その計画は、近代的都市計画手法として名高い『近隣住区理論』をもとにして推進されてきたのです。


ただそれも、現状の郊外大規模団地やニュータウンの高齢化やゴーストタウン化を見るならば、長期的視野での計画という意味では、完全に失敗だったと言わざるをえません。これもある意味で新規で作った中心市街地がまちの中心足り得ていないことの事例かもしれません。


これらを総合して考えますと、既存の中心市街地については商業店舗数と床売上げ、歩行者・自転車交通量、都市機能、景観、そして市民意識といった、定量化できるものから出来ないものまで、様々な要素のレベルでもはや『中心』の体をなしていないということなのです。

私が、国が未だに『中心市街地活性化』と声高に叫んでいることに違和感を抱いているのは、こういった前提があるからなのです。


ただ、一方で既存の商店街は、昔から地域の顔であり、町内のお祭りや自治活動の拠点でありましたし、それに伴う歴史や文化、伝統というものが深く刻まれています。
表面的な意識レベルではすでにまちの中心でない既存の商店街も、住民の深層の意識レベルではまだまだ子供の頃の原風景として深く記憶に刻まれています。


また、商店街によっては、素晴らしいリーダーとアイデアによって活性化に成功した事例もあります。


しかしながら、今後の社会を長期的視野でとらえるならば、既存のまちのシステム自体が成り立たなくなることは明白なのです。


まあ、そこについては、これまでの話を前提条件としたうえで、今後の地域社会をどう考えていくべきか?
つまり、我々が日常生活する上での今後の『地域』とは何か?どういった範囲とすべきなのか?ということを再定義したいと思います。


それをなくして、行政レベルでまちづくりや地域づくりの源となる『総合計画』や『都市マスタープラン』づくりをしても、絵に描いた餅になってしまうでしょう。



引き続き次回は、近代的都市計画手法に限界をみる新たな『地域』の定義について個人的な考えをコメントしたいと思います。
[PR]

by cobolabo | 2012-04-18 10:40 | つれづれ

『C世代』について

こんにちは。

最近目にした記事で興味深いものがありましたのであげます。『C世代について』
お世話になっているNPO法人ETICさんやNPO法人農家のこせがれネットワークさんも載っています。詳細は以下↓↓↓


is.gd/kYYtjv


もはや高度成長期の既存の価値観で社会を見てはいけません。
大きな社会課題や問題に対して新しい価値観と視野を持った解決策を講じなければ、社会がより良い次のステージにたどりつくことはできません。

我々世代がその牽引役となることができれば本望です。





【C世代:記事から引用】

 「ジェネレーションC(C世代)」はここ数年、米国で使われ始めた言葉。Cはコンピューター(Computer)、つながり(Connected)、コミュニティー(Community)、変化(Change)、創造(Create)などを意味する。協力(Collaboration)や貢献(Contribute)を含む場合もある。


 基本的には若者を指しており、米国では10代、20代を想定する。ただ、本紙連載「C世代 駆ける」では、右肩上がりの成長を知らず、自ら立ち上がる40歳前後の人たちも描いている。
 C世代が生まれた背景には、インターネットと携帯情報端末の急速な普及で、同じ価値観や使命感を抱く人々が自由につながるようになったことがある。思いを共有する「ソーシャル」な感覚が、独裁政権の打倒や政府への抗議デモ、社会的起業など、世界の変化の波頭にもつながっている
[PR]

by cobolabo | 2012-04-08 09:54 | つれづれ

新年度



少し遅くなりましたが、みなさま、今年度も何卒宜しくお願い致します。



e0241511_1515512.jpg

[PR]

by cobolabo | 2012-04-04 15:16 | つれづれ

まちが元気になるということ(後篇)


それでは『まちが元気になるということ』後篇です。
視点を変えて、はじめに一般に言われるまちの活性化事例に目を向けてみましょう。



まずは全国的に優等生事例として有名な、滋賀県長浜市の『黒壁』による取り組み。

『黒壁』とは、1988年に『黒壁銀行』保存を目的として民間企業8社と長浜市によって設立された会社です。黒壁は、1989年から、当時ちょうど世界的なトレンドであったガラスをテーマにして、ガラス館やら工房などをメインにしたまちづくりを開始しました。



具体的には、黒壁が周辺の空き家や空き店舗の土地を買い取りまたは借り上げて、黒壁のイメージで統一的なデザインで魅力的な商店街に再生させたのです。
ここでキーになるのは、権利者との根気強い交渉力とそれを可能にする組織力と資金耐力をもつまちづくり会社の存在です。
この活動を皮切りに、長浜の市街地の約70件の空家・店舗が埋まったそうで、いまでは年間約230万人が訪れる観光地となっています。



では次に、これまた有名な香川県高松市の丸亀商店街のケースをみてみましょう。こちらは、『不動産の所有と使用の分離』で有名です。どういうことか?
経済産業省によると『不動産の有効活用の促進のため、不動産の流動性を高める手法である』??ますます分かりにくいですね。



要は、土地やそこに建つ建物に対して、『定期借地権』や『定期借家権』を利用して、土地・建物の利用権を実質的な所有権の帰属を変えずに、低利用の所有者から、利用率の高い所有者に移転させることなのです。



一般に再開発という手法は、建築敷地を容積率いっぱいに高度利用して、業務床のテナント料金にて事業費を回収するものですが、丸亀の事例では、借り手の金額負担を軽減して借りやすくしたのです。(専門的な話は出来る限り避けます)借り手の事業負担分が軽くなるということは、どこかがリスクを負うことになりますが、丸亀の場合は地権者がそのリスクを負うことで、テナントの流動性を確保したのです。



まあ、それ以外にも、計画に携わった都市計画家の西郷真理子さんによると、住居と商業の建物用途を程良くミックスしたり、アーケードと建物高さのバランスを考慮して建物を高くなりすぎないに配慮したりなど、様々な工夫を凝らしたようです。
これにより現在の丸亀商店街の通行量は、事業前の1.5倍、売り上げは3倍に伸びたそうです。



ただし私見ですが、この二つの事例で注意すべきと思うことがあります。

まず一つ目は、黒壁の事業により観光客は増えたものの、地元住民にとって必ずしも楽しいまちにはなっていないこと、そして、今後は地元の人々が楽しめる空間づくりも考慮していかなければならないという課題が残ったことです。つまり、『観光客が楽しいまち≠地元の人にとって楽しいまち』ということです。


二つ目は、丸亀の再開発に関わった西郷さんは、丸亀のまちににぎわいをとりもどすポイントとして、計画地の中心にシンボル的なものをつくることをあげています。しかし、それによってはたして本当に賑わいが戻るのかという点については、私は甚だ疑問です。

そして、いずれの事例もハード整備ありきな側面が非常に強いことです。これからのまちづくりにおいては、ソフトも加味した事業バランスはとても重要だと思うのです。




以上を総括しつつも、ここで一旦、私が思う元気で魅力的な街を具体的にイメージしてみます。



まずは、子供のころに親に連れて行ってもらった会津若松市内の神明通り商店街のイメージです。当時、神明通り商店街にはデパートが3店ほどあり、アーケードの先を見通せないほどの人出で活気にあふれていました。子供ながら、そこに行けば何かが起きるワクワク感というのでしょうか、そんな気持ちを抱いて親に連れて行ってもらっていたことを今でも鮮明に覚えています。


また、最近まち歩きした中では、吉祥寺や根津はとても興味深いまちですね。


これらに共通するものは『人が集まる』その結果として『人のコミュニケーションが生まれる』そこにつきるのではないでしょうか。人が集まれば、自然と挨拶や会話、売買や飲食を通じたコミュニケーションも起きますしね。
まちが元気になるということは、意外とそんなところなのかな、と最近は思っています。
つまり、活性化指標などという仰々しい何か定量化できるものではなく、単純に人の往来やコミュニケーションが発生する≒まちが元気になるということではないでしょうか?
そう考えると、前段で話しましたように、まちに関わる関係者の利害関係は単純化できませんから、まずは商店街全体の目的を『人がいっぱい集まるようにする』と単純化することで、何か方策は見つけられるのではないでしょうか?



目先の利益や人口増加に目を奪われるから話が複雑になるのであって、『人の往来が少ない』状況に対して『人がいっぱい集まるようにする』という目的を設定することで、そのための方法を関係者みなで考え、自分達が出来る範囲でそれを実施していけば光が見えるのではと思います。


これまでの話は、あくまで既存の中心市街地を活性化するという仮定に対しての私見です。


ただ、冒頭でお話しした、中市街地がもはや地域の中心足り得ていない、という難題への改善策にはなっていませんので、それについてはまた別の機会にお話ししたいと思います。
[PR]

by cobolabo | 2012-03-30 22:01 | つれづれ

まちが元気になるということ(前篇)

こんにちは。


今日は、『まちが元気になるということ。』について考えてみたいと思います。
長丁場になるのでまずは前篇。



最近、中心市街地の活性化や、まちおこしという言葉が流行語のように巷に溢れているように思います。実際、高知の四万十地域や鹿児島の市街地などは、個性の強いリーダーや有能なクリエイターによって、かなり魅力的なまちおこしがなされていると耳にします。



しかし、実際に市街地を活性化するといっても、その対象となる市街地は地域の『中心』では無かったり、それこそシャッター街のイメージをもたれることの方が多いというのが日本の各地で起こっている現実ではないでしょうか?





上手くまちが活性化しているのは、本当に数多くのまちのうちのほんの一握りでしかありませんし、ややもすれば、一時の盛り上がりに過ぎないかもしれません。





先にあげた、かつての中心市街地がもはや中心の体を成さない現象は、わたしの故郷の会津若松市においても同様に起こっています。





今から十数年前から、市街地を円環状に取り巻く幹線道路の開発とそれに併せた大型スーパーやチェーン店、ショッピングモールが乱立し始め、結果、市街地の顧客の足もそちらに奪われ、もはや昔ながらの目抜き通りが、まちの『中心』の体を成さなくなってしまったのです。





かつての中心市街地には空き店舗が目立ち、駐車場が次々に作られることになります。
恐らく日本中のかつての中心市街地に駐車場が設置されることについて誤解を恐れずに言えば、地元商店会などがモータリゼーションによるスプロール現象に対抗するために、市街地にも駐車場を作れば客足が戻るだろうと考えた短絡的なアイデアなのでしょう。





しかしそもそも、かつての中心市街地の店舗には、ロードサイドのチェーン店に勝てる商品も資金耐力も知恵も残されてはいないのです。魅力的なコンテンツのない場所に駐車場をつくっても、客足が戻るはずがありません。






日本中のどこにでも見られる中心市街地活性化のための駐車場作戦は、ものの見事に数年で極めて利用率の低い空き地に変貌するという哀しい結末を見ることになるのです。






これにより、まちの風景がますます醜悪化するという、負のスパイラルが発生するのです。







さて話を戻して、ここで言う体を成さないというのは、商業的な売上げ、人の通行量、地価など、総合的に見てまちの中心ではなくなったということを意味します。





もちろん、この事態を引き起こした原因は、モータリゼーションの絶大な影響や、国によるまちづくり政策およびそのミスリードによるのは言うまでもありません。







そういった状況の中で、中心市街地活性化というここ十数年の流行り言葉を耳にしても、どこかしっくりこないのは私だけでしょうか?





かつての中心市街地はもはやまちの中心ではないのに、そこに昭和の高度成長期の市街地にノスタルジーを重ね合わせているだけではないのか?幻想を抱いているだけではないのか?





まあ、事例の中では実際に地域おこしに成功して、シャッター商店街を再生して魅力的なまちづくりを行っているところは多々あります。





しかし、そもそもみなさんは、まちが活性化する、元気になるというのは、どういった状態をイメージしているのでしょうか?





私が知る限り、活性化に対する客観的な指標というものは存在しませんし、そもそもそう簡単に尺度を用いて図ることのできる事象ではないのです。






なのに『中心市街地活性化』という言葉だけが独り歩きしているこの異様な状況。






まちに関わる主体として考えられるのは、まず第一にその地域の住民、それから行政、商店街、各種生産者、NPO、学校施設、自治会や町内会、外部からの買い物客など、数え上げればきりがありませんし、個人から組織まで膨大な数に上ります。また、何をもってまちが元気になるのか、という定義についても、その主体により考え方も指標も違うでしょう。







例えば、行政ならば人口が増え、税収が増えることでしょうし、商店街ならば自身の店舗の売り上げが上がることなどでしょう。つまり、まちが元気になる、活性化するとひとくくりに言っても、各主体のイメージやゴールは異なるのです。





では一体、まちが元気になる、活性化するとはどういう状態を示すのか?





続きは後篇にてもう少し掘り下げて考えてみたいと思います。
[PR]

by cobolabo | 2012-03-23 23:39 | つれづれ