『公共』の施設に思うこと


『公共』の施設というと何か浮かびますか?

都や県、区市町村が整備した公園、緑道、公民館、集会所・・・さまざまあります。

では一体、これらの具体の用途ってなんでしょうね?
例えば、公園の用途を具体に定義付けできるかたはいますかね?

具体な定義付けはないものの、公衆が楽しむ憩いの場として整備されたはずの公園が、いつの間にか、
使用制限ルールが出来たり、侵入部分に車止めがされ、自転車すらも入れなくなっている状況。
比較的自由度の高い空間として整備されたものが、後付けのルールで雁字搦めにされている状況なのです。

公衆の為に整備されたものが、いつのまにか公衆を制限してしまう。
今、まちなかには、稼働率がさっぱりな公共施設が数多く見受けられます。


でもこんな状況だからこそ、こういった公共施設の用途を再度見立て直し、新たな価値を見出すことができれば、それはそれで現代的意義はあるのかなと、勝手に思っています。

人間とは、適度な不自由さの中で、それなりの創意工夫をこらしながら進化する生き物だと思います。
そして、いまのまちなかには、その適度な不自由さ以上の、強固なルールが多く張り巡らされています。

もう少しまちなかにも、市民の自由な発想を促すような生活の隙間が見いだせれば、少しは住みやすい環境になるのかもしれません。
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by cobolabo | 2012-10-11 17:20 | つれづれ