『地域』を再定義してみるということ(前篇)

こんにちは。

東京のまちも桜が散り、いよいよ新緑が芽生えてきました。新たな生命の息吹を感じる今日この頃です。


さて、先日、まちが元気になるということ、というテーマで、既存の中心市街地を活性化させるということについてつらつらと書かせていただきましたが、今回は、『そもそも既存の中心市街地がまちの中心足り得ていない』ということへの踏み込んだ話をしたいと思います。


ここで改めて、私が言う『既存の~足り得ていない』ということを再確認してみたいと思います。


まずはじめに、小売業の事業数の推移について。中小企業総合研究機構が発表している『商店街活性化のためのマネジメントに関する調査研究報告書』によりますと、昭和57年の172万1千店をピークに、この25年ほどでその約34%がなくなっているということです。各地の中心市街地に特化した推移ではありませんが、全体として大きな減少傾向にあるということは確認できます。また、各地の商店街がシャッター街化していることは、ここで再度申し上げる必要もないでしょう。


次に、歩行者交通量について山梨県甲府市の中心市街地歩行者交通量調査を例に見てみると、平成4年度の日曜日歩行者合計数12万人に対して、平成19年では6万人弱にまで落ち込んでいます。あくまでひとつのまちの事例ではありますが、概ねこの傾向は全国の商店街に言えることではないでしょうか。


さらには、日本の高度成長と社会のモータリゼーション化、それに伴う居住機能・都市機能移転(病院・行政・教育機関等)といった郊外化の位置づけについては、もはや事例を出すまでもなく、中心市街地から元気がなくなった原因のいくつかであることは、すでに社会の共通認識になっています。


一方、戦後日本では都市を創造する際、既存のまちをベースにせずに、新たに再開発や宅地整備を行い、各地にニュータウンや大規模団地をつくってきました。
これらの構造は、上下水道や道路、電気配線等生活インフラを新規に整備して、街区の中心にタウンセンターや商店街を形成し、周辺に居住機能や教育機関、公園等を配置するというものです。その規模たるや十数haに及び、いち事業がひとつのまちづくりと同様なのです。

そして、その計画は、近代的都市計画手法として名高い『近隣住区理論』をもとにして推進されてきたのです。


ただそれも、現状の郊外大規模団地やニュータウンの高齢化やゴーストタウン化を見るならば、長期的視野での計画という意味では、完全に失敗だったと言わざるをえません。これもある意味で新規で作った中心市街地がまちの中心足り得ていないことの事例かもしれません。


これらを総合して考えますと、既存の中心市街地については商業店舗数と床売上げ、歩行者・自転車交通量、都市機能、景観、そして市民意識といった、定量化できるものから出来ないものまで、様々な要素のレベルでもはや『中心』の体をなしていないということなのです。

私が、国が未だに『中心市街地活性化』と声高に叫んでいることに違和感を抱いているのは、こういった前提があるからなのです。


ただ、一方で既存の商店街は、昔から地域の顔であり、町内のお祭りや自治活動の拠点でありましたし、それに伴う歴史や文化、伝統というものが深く刻まれています。
表面的な意識レベルではすでにまちの中心でない既存の商店街も、住民の深層の意識レベルではまだまだ子供の頃の原風景として深く記憶に刻まれています。


また、商店街によっては、素晴らしいリーダーとアイデアによって活性化に成功した事例もあります。


しかしながら、今後の社会を長期的視野でとらえるならば、既存のまちのシステム自体が成り立たなくなることは明白なのです。


まあ、そこについては、これまでの話を前提条件としたうえで、今後の地域社会をどう考えていくべきか?
つまり、我々が日常生活する上での今後の『地域』とは何か?どういった範囲とすべきなのか?ということを再定義したいと思います。


それをなくして、行政レベルでまちづくりや地域づくりの源となる『総合計画』や『都市マスタープラン』づくりをしても、絵に描いた餅になってしまうでしょう。



引き続き次回は、近代的都市計画手法に限界をみる新たな『地域』の定義について個人的な考えをコメントしたいと思います。
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by cobolabo | 2012-04-18 10:40 | つれづれ