まちづくりワークショップ報告(続編)

こんにちは。

アースカラーさんとのまちづくりワークショップ報告の続きですね。
テーマは『コミュニティ』について。


前段は以前の記事を読んでいただくこととして、まずは、最近とても興味・関心のある方が多い
『コミュニティ』について、おおまかに整理してみたいとおもいます。
引用は主に最近読んだ書籍、『地域社会圏主義:山本理顕氏』と『地域を変えるデザイン:山崎亮氏』より。いずれもかなり良書です♪



コミュニティとは:
もともとラテン語の『コミュニース』という言葉である。この言葉の前半『コム』は『一緒に』とか『共同して』の意味。『ミュニース』は『貢献』や『任務』の意味。つまり、コミュニティというのは『共同して何かに貢献すること』や『一緒に任務を遂行すること』という意味を含んでいるのです。
(コミュニティデザイナー:山崎亮氏)



コミュニティ、つまり共という概念を意味するコモンの語源は入会地。入会地はよそ者を排除する場所。
(入会地:村や部落などの村落共同体で総有した土地)
(社会学者:上野千鶴子氏)



前述の山崎氏は、著作の中でコミュニティを大きく2つに分類します。
ひとつは同じ地域に住むからこそ共同して活動する『地域コミュニティ』、これは町内会や子供会のイメージです。



そしてもうひとつは住んでいる場所はバラバラだけど興味の対象が同じなので集まって活動する『テーマコミュニティ』こちらは鉄道ファンやネット上でのコミュニティのイメージです。




山崎氏は、これらが主体的に活動することで、今後社会的課題解決の担い手として期待を寄せます。



一方の上野氏は、加入・脱会の自由、それと選択性が必要であるとし、むしろコミュニティやコモンといったものには非常に懐疑的です。



山本さんの『地域社会圏主義』では、近代の都市計画における地域単位『近隣住区』が行き詰まりを見せる中で、建築をベースとした新たな圏域を仮説的に組み立てています。こちらは非常に興味深い内容で、山本さんのこれまでの思想の集大成ともいえるのではないでしょうか。

山本さんは、大学の建築学科でも指導教官としてお世話になりましたが、若手の頃から一貫して建築と社会とのつながりという部分に問題提起をなさってこられている方です。





山本さんの著書の中では、その他数々のキーワードがちりばめられています。例えば、




『ばらけた個人がつながる必然性をどのようにデザインするか?』




『お互いに自立しながら、もう一度共同性を再建できるような、ドライでもありウエットでもあるような、助け合いであるようなフェアな取引であるような、新しい創造性を持った空間の感じが出てくると良い』



『その時々に応じて人とのつながりを選択できるという、所属のフレキシビリティをどう考えるか』




これらは非常に示唆に富み、今後のコミュニティといったものを考える上で重要な内容であると思います。そして、以前より私が考えるコミュニティに関することとほぼ一致しています。



そして著書の最後に、山本さんからの締めのコメントが、
『コミュニティは過去にあってすでに失われてしまったものでもないし、私たちの自由を拘束するものでもないと思います。私たちの責任で作り上げるものだと思います。だからこそ私たちが実感できる具体的で現実的な場所の特性とともにあるということが極めて重要なのだと思いますね。』



以上の引用を踏まえ再考しますと、日本の高度成長過程のなかで、農村型のコミュニティから都市型のコミュニティに移行するに当り、個人が地域で帰属する先はなかなか成立しにくくなっています。(詳細は以前の記事より)
また一方では、ネット空間に基づくある種の選択性を有する、個人にとって使い勝手の良いコミュニティが、若者を中心に重宝される傾向があります。(最近のfacebookは顕著な事例)



つまりは、現代の社会において、人は昔ながらの村社会的なコミュニティは求めていないものの、やはりどこかで人とは緩やかに繋がっていたいという願望はある、というのが今の私の個人的な意見です。また、そこではコミュニティへの着脱の容易さ、手軽さの様な感覚も同時に求められるのだろうということです。


そこで私が仮説として考えているのが、前述の『所属のフレキシビリティ』に通じる、繋がり・集まりの必然性を持ち、かつ選択・着脱の容易性を併せもつ『convenient community』という概念です。



この考えについては、練馬区での活動を通して、具体に検証していければと考えていますので、また追い追い活動報告と合わせてお知らせしていきたいと思います。
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by cobolabo | 2012-03-05 12:12 | ワークショップ