アースカラー まちづくりワークショップの報告

こんにちは。

先日、㈱アースカラーの石川さんのご招待より、私が現在練馬で展開する活動の話とともに、まちづくりにおけるステークホルダーとの協力関係づくりに関するワークショップを無事開催しました。

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まずは石川さんからガイダンスも兼ねてこれまで2回ほど行ってきたワークショップの振り返りです。

『まちづくり』というと都市再開発やら不動産、建築といった新たに何かを創造するイメージがわきがちでありますが、実際にはそれはほんの一握りのものです。英語で例えるのならば『make』でありますが、実際には『Re make』のイメージだろうという見解です。

つまり、既存の建築や景観、人の活動などを再生・再構築していくものではないのか。
更に、鎌倉時代の一遍上人絵伝などの史歴から紐解き、本来的には『まち』の成り立ちは人間の『交換』行為に基づくものとして石川さんは仮説を立てておられるそうです。それに対して現在のまちの成り立ちは『居住』の用途が主になっているという論理展開です。

話の中では特に、『交換』と『居住』の時系列で見たまちの成り立ちの要素の対比は、非常に面白い視点だと思いました。


その後は、私のスライドと問題文をもとにしたステークホルダー図を各自が作成して、みなで振り返りを行いました。(この石川さんが作成した問題が秀逸なんです。)

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最後に、石川さんから現在のまちづくりにおける『廃校の跡地利活用問題』について具体の実例やデータを基にした問題提起がありました。
人口減少社会においてこの問題は各自治体ともに共通するものですが、データに照らし合わせて改めてみてみると、非常に興味深い傾向が顕著に表れていました。

参加者も皆納得。

そんなこんなで当日は無事に終了を迎えることが出来ました。
この場をかりて、石川さんありがとうございました&引き続き宜しくお願いします。


そして、ここからは私見です。当日のワークショップで議題に上がった『居住』用途を主とするまちの成り立ちについて。

もともと、近代以前の日本社会では、物の交換を通じて生活圏が成り立っていました。
つまり、近代以前の農村型の社会では、農作物を『生産』し、その交換等により『消費』する生活圏が極めて近いものであって、それが地域として機能していた。生産圏を生活圏が包含するイメージです。
ところが近代化が進み、都市部への人口流入と都市化が進むにつれ、人がものを生産する生産圏と日常生活を営む消費・生活圏とが次第に分離されるようになりました。

労働人口の大部分を占める会社員は、自分が属する会社への帰属意識が強まり、その結果、いつのまにか生産の場と生活の場とが大きく離れたものとなってしまったのです。

朝、会社に出ていくお父さんが、夜遅くまで会社で仕事をし、その後、職場の同僚と提灯居酒屋で一杯交わして、終電近くで家路につく、そんなイメージが分かりやすいでしょうか。会社と、それを中心とした関係があくまでお父さんの帰属する先だったのです。
汗水たらして猛烈に仕事命で働いてきた結果、いざ、休暇日や退職後に家の近所で何か活動をしようと思っても、知り合いもいないし、そもそも家の近所で何が起こっているのかも分からない状況になってしまっているのです。

農村型生活スタイルから都市型生活スタイルに変遷を遂げるに至っては、日本は国全体として右肩上がりの高度成長を遂げていましたから、これによる弊害を意識し、批評するなどということは社会において起こり得なかったのです。社会皆が、一億総中流を目指して明るい未来に向かって邁進していたのですから当然ですよね。

しかしながらバブルがはじけて、小泉元首相の構造改革の大鉈が振り下ろされるや、総中流であった日本社会にも勝ち組と負け組とが生まれ、ついには日本にも『貧困』という言葉が蔓延するような社会になってしまいました。もはや労働者にとっての会社は、ゆりかごから墓場まで面倒を見てくれるような、生涯帰属できる先ではなくなってしまったのです。


当日のワークショップでも議論に出たのですが、このような社会状況でまちを再生するキーになるのは『コミュニティ』の存在ではないかと思っています。

この『コミュニティ』については後日改めてまとめてみたいと思います。
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by cobolabo | 2012-02-26 12:18 | ワークショップ